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近年、住宅業界では「全館空調」という言葉を耳にする機会が増えました。一昔前までは、各部屋に個別エアコンを設置するのが当たり前でしたが、現在はリビングだけでなく、寝室や廊下、さらには洗面所に至るまで、家中の温度を一定に保つ全館空調が、住宅会社のパンフレットやモデルハウスで大々的にアピールされています。
この背景には、地球温暖化による猛暑の深刻化、冬の室内の温度差によるヒートショック対策への意識の高まり、そして何よりも「より快適な暮らし」を求める現代のニーズがあります。SNSなどを見ても、全館空調を導入した家での快適な暮らしぶりが紹介され、これから家を建てる方々にとっては、もはや「あって当たり前」の設備とさえ感じられるかもしれません。
しかし、私はお客様へのご提案の際、この全館空調の採用を慎重に検討し、最終的には見送るケースがほとんどです。その選択には、単なるコストの問題だけでなく、お客様の「長期的な安心」と「負担の軽減」を最優先に考える、確固たる理由があります。
まずは、全館空調がもたらす快適性と、それに伴う考慮すべき点を確認しておきましょう。
全館空調の快適性は疑いようもありませんが、私はお客様へのご提案の際、採用を見送るケースがほとんどです。その理由は、お客様の「安心」と「負担軽減」を最優先に考えているからです。
全館空調は、見た目には家の設備の一部のように見えますが、その実体はエアコンと同じく「家電」です。家電製品である以上、半永久的に使えるものではなく、いずれ修理や交換の時期が必ず訪れます。
私は、このような交換や買い替えを前提とした設備機器はお客様ご自身が家電量販店で手軽に購入・交換できる状態が最も望ましいと考えています。しかし、全館空調の場合、不具合が発生した際に施工業者や専門業者を介す必要があり、すぐに交換したいのに業者手配で遅れ、修理に数週間かかることも珍しくありません。真夏の猛暑日や真冬の厳寒期に、空調が使えない状況が続くのは、想像以上に大きなストレスとなるでしょう。
壁や天井に組み込むビルトイン型の製品は、基本的に「壊れない」ものが理想です。もし故障して撤去が必要になった場合、壁や天井を剥がす大掛かりな工事が必要となり、費用も時間も膨大にかかります。これは、お客様にとって予期せぬ大きな負担となる可能性が高いです。
さらに懸念されるのは、将来的にメーカーがメンテナンス対応を終了した場合です。その際、既存の設備に適合する代替品があるのか、技術の進歩によって規格が変わっていないか、といった予測は非常に困難です。結果として、全交換となり、その時に「希望通りのものが設置できない」「高額な工事費用がかかる」といった事態に陥るリスクも考えられます。
全館空調のフィルターは、定期的にお手入れや交換をすることで、きれいな空気を維持できます。しかし、実際にはメーカーが推奨する通りに、こまめなお手入れを実践できる方は少ない、というのが私の経験上の印象です。フィルターの清掃を怠ると、せっかく導入した全館空調もきれいな空気が維持できないだけでなく、ダクトの中まで不衛生になるリスクがあります。見えない部分だからこそ、清潔に保つことの重要性は計り知れません。
どの部屋も温度が一定に保たれるため快適という表現が使われます。しかし、快適さとは人によってことなります。例えば奥様の快適と感じる温度に設定すると、ご主人様は暑いと感じる。反対にご主人様の快適と感じる温度に設定すると奥様は寒いと感じる。またお風呂上がりは体温が上昇していますから風量を強くしたいと思っても、全館空調は局所的に強めることはできません。つまり快適と言われていることが、いざ暮らしてみるとストレスになることもあるのです。
全館空調は確かに快適な空間を提供してくれます。しかし、その裏には「交換の困難さ」「将来的なリスク」「メンテナンスの手間」といった、導入時には見落とされがちなリスクが潜んでいます。
もちろん、これらのリスクを十分に理解し、将来的なメンテナンスや交換にかかる費用、手間を許容できるのであれば、全館空調の採用に問題はありません。しかし、「良い部分だけ」に目を奪われて導入を決めてしまうと、後々大きな負担となり、後悔につながる可能性が高いです。
私の考えとしては、最初からお客様にとって「シンプルで、いざという時の対応が容易」なものを導入する方が、長期的に見て効率的であり、お客様への負担が少ないと考えています。快適であることはもちろん大切ですが、それ以上に「安心」を提供できる住まいづくりを心がけています。
住まいに関するご相談は、ぜひお気軽にお寄せください。
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